大学に行く意味 ちきりんさんの炎上を見て思う事

ちきりんさんのツイッターが炎上ですねぇ。
 

これに対する回答の大半が

「お金を親から払ってもらっているから、大学いくのは当然。」
「真面目に授業出ている人を批判するとか意味が分からない」
「はいった学部がおかしかったのか?」
「なんでそんな大学を選んだのか?」

とか、大炎上なんですけど、かくいうぼくは、大学時代、大学に行った日数はたぶん300日もないと思う。

なにせ、ちきりんさんが言う通り、これは為になる授業だな、と思える授業が片手で十分なぐらいしかなかったから。

それでも卒業できるんだけどね。

ぼくの場合は、海外旅行に行くこともなく、四国一周とか、九州一周とか、そういうことに時間をつかったけど、それはそれで非常に有意義な事だった。

3年生で単位をほぼ取得する学校の中で優秀な人はいたかもしれないけど、ちきりんさんがいうのは、学校と会社とか、そういう枠以外のところで得るもののほうが、座学よりいいよ、と言っているわけですよ。これ。

親から金もらっているからつまんない授業だけどキチンと大学に行く、という反論はね、会社から金もらっているからブラック企業だけどキチンと会社いくよ、という事と一緒なんだよね。

金が基準になると、こういう事になるんですよ。

自分の人生をどう生きるか、という事は、他人が決める事ではなく、自分が決める事だから、ちきりんさんが学校行こうが行かないであろうが、それを批判する事自体、よくわからない。

今も昔も、大学は、新卒枠という特殊な就職の権利を取れる、若者に残された唯一の既得権益になっていて、採用側も大学の成績とか、そういうのは一つの参考にしかしてないだよなぁ。

社会に出ても、ほとんど意味ない事を勉強するのであれば、大学生という身分を使って、他の人が体験できないよう事を体験するほうが、ちきりんさんが言う通り、価値がありますよ。そりゃ。
 
なんで、今、社会人でくすぶっている人も、一度、枠を外してみて、本当にその会社じゃないといけないのか、他にやれる事もあるんじゃないのか?とか、考えてみると、日常のいい刺激になりますよ。 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA