【常識を疑え】公共トイレはどうして男女別なの?家ではトイレ一個で兼用じゃん?

先日、ちょっとブログでは言えない人と会って、数時間話しました。

海外に住んでいる日本人。素性が出せないから、うん。ゴルゴ13から取って、ミスターGとしましょうか。

Gさん、うーん、実際は爺さんでは全くないんですけど、まぁいいや。彼から質問を受けたんですね。

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G 「ねぇ、藤田くん、どうして、公共のトイレは男女別なのかな?」

F 「は?・・・・男女一緒でいいという事は、ニイハオトイレみたいな感じがいいんでしょうか?」

G 「いやいや、違う違う。あれはあれなんだけど、世界的に公共の場ってトイレ別だよね。」

F 「ええ。そうですよね。」

G 「なんで別だと思う?」

F 「え?公共の場でなんで男女が別々なのか?。。。。。うーーーーん。小学校3年生ぐらいまでは幼稚園みたいに、入り口が同じでもいいかもしれませんけど。やっぱり性的な事を考えるとなんとなく、別の方がいいじゃないかと。」

G 「どうして?」

F 「男子に、女子がパンツ脱ぐ音が聞こえると、女子が用を足すようなシーンを想像しそうだし、女子も男子が用を足しているところ見ると、ギクッってするでしょうし。」

G 「だったら、上からも、下から見れないようにすればいいし、完全個室にして、音もきこえなくすればいいじゃない。」

F 「あ、言われてみれば、なんでか知りませんけど、トイレの個室って、上下がなんか空いてますよねぇ!」

G 「あれ何でか知ってる?」

F 「・・・・考えたことすらないですね・・・・」

G 「そもそも、臭いとか動作とか誰がどこに入ってるのかわかるのがダメなら、トイレを横一列に並べて、完全個室にればいいじゃない。誰が入っても、男女兼用の便器があれば、誰が入ってもこまらない。そうすれば、ジェンダー(体の仕組みと心の仕組みが違う人)も、全然困らないんじゃないの?全人類が何にも考えなくていいよね」

F 「た・確かに。。。。」

G 「そっちの方が、精神的に衛生的。でも、そうならない。どうしてだと思う?」

F 「むむむむむむむむぅぅぅぅぅ。。。。。。すごいお金かかるからですかね。」

G 「そう。作るのにお金かかる。掃除する人員も必要。土地も必要。そしてトイレで自殺したり麻薬したりしている人がいるかもしれない、だから、上下空いてるの。

公共に対して仕事を行う行政の人間が、そういった不祥事の責任を負いたくない為
に、自然とああいう作りになっているんだよ。」

F 「へ?行政、役人ですか?」

G 「うん。そう。そもそも、トイレで麻薬するかもしれない、自殺するかもしれない。だから外からのぞけるようにしよう、というのが役人の考え方。一般的には、個室トイレで何しようが、そりゃ本人の勝手だわな。」

F 「ええ。わたしもそう思います。好きにしてって。」

G 「そう。公共の場のトイレは、担当の役人が責任を負わなくていいような作りになって、男女別々、という文化が定着した。つまり、公共のトイレ文化は役人が作ってしまったんだよ。トイレを題に出したけど、実は、担当する役人である自分が責任を負わなくていいように、役人は世の中を変な仕組みにしちゃうの。だいたいトイレで麻薬やら自殺ができないなら、別の場所でやるよな。でもそれは役人にとっては管轄外だから、どうでもいいの。」

F 「Σ(・□・;)。。。。。すごい。確かにそうだ。だいたい、言われてみれば、家なんか、トイレ一個ですよね。当然男女兼用。」

G 「だろ?それが『公共』になると変質していくんだよ。役人によって。トイレだけじゃないだろうね。」

F 「むむむむむむむむぅぅぅぅぅ。。。。。。当たり前すぎて、疑問にも思わない責任転嫁の産物が世の中にたくさんあるかもしれないですね!目から鱗、パラダイムシフトです!。。。」

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と、超一流の人と話す機会があるのは、海外生活であるあるなんですけど、今回はマジでパラダイムシフトでした。

いやーそもそも、公共の場ではトイレ別って、常識すぎて疑問にも思いません。

一方で、家の中では、トイレ一つ。これも常識すぎて、疑問にも思いません。

で、超一流の人達は、それを疑問に思えて、しかも、その原因まで、理論的に説明できる。

文化は役人が作る。

確かに、これは歴史の上からも事実なんですよ。

文化というのは、役人・貴族が作ってそれが庶民にいきわたる。これが基本的な歴史の流れなんです。

現代で考えると、例えばファッションとか見ても、現代の貴族といっていい、ハリウッドのスーパースター(死語w)の女性が、着るところから始まります。

庶民が着て文化になることって、ほとんどないです。私が唯一知っているのは日本で流行したユニクロのフリースと、戦時中にはやったモンペぐらいです。

行政というのは、知らない間に、生活の細部まで入ってくるから、トイレにも、役人の文化が組み込まれているんだなぁ、という気づきがありました。

常識を疑え、っていうのは、言うは易く考えるは難し、ですねぇ!

まだまだ、これからですわ。ぼくも。セッレオカポン!

追記:嫁はアメリカに住んでいたことがあるんですけど、トイレの下が空いていると、ドアの向こうに誰かがいるのか、いないのか、という事がわかるから、安心、と言っていたけど、視界の外にいたら、どうなんだろ?と思ったが、それは言わないことにしたw。

公共のトイレ、というのは、個室の中に個室があるから、逆に危ない、と、この話をして、感じました。

そもそも人通りの多いところに個室トイレならべるだけで、変な事できないと思うんです。

上記に少し出た、ニイハオトイレは、「トイレ」、言えば「排泄」は、汗と同じぐらい当たり前、という文化が中国にあるから問題ない。

一方、トイレは恥ずかしい、という文化ができちゃった文明に住んでいる人は、絶対に受け入れられないだけど、その文化を作ったのは役人だと分かると、なんだかなぁ、と思いますね。

 

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